2017-09

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<ひまひま散歩>横浜の高尾山に登ってきた

 今回はいきなり地図から始めます。


大きな地図で見る

 地図をうすぼんやり眺めていたら、横浜町田IC付近に高尾山の文字が!

すずかけ台駅看板

 そんなわけで行ってきました。降り立ったのは、高尾山口駅…ならぬ田園都市線すずかけ台駅。

すずかけ台駅前

 乗り降りする人も多くなく、閑静な住宅街の中の駅です。

親仔馬

 駅の近く、国道246号沿いに突如白い馬が!? 「親仔馬」と書いてある石碑(?)がありましたが、由来などは見当たりませんでした。

246をまたぐ

 246を歩道橋でまたぎます。写真は厚木方面。

東工大1

 のどかな風景の中に、東工大の巨大な校舎が。

徐行して下さい

 狭い道に、いかにも手書きっぽいペンキ文字が。

除行??

 ん?なんか違う???

高尾さま入口

 歩くこと約10分。「飯縄神社(高尾さま)入口」の道標がありました(クリックすると拡大します)。

飯縄神社へ1

 畑の中のゆるやかな道を登っていきます。なんか個人の敷地っぽいけど、入っていいのかな…。

周辺は畑

 畑の向こうに住宅地、さらに遠くに大山・丹沢の山々が。のどかな光景です。

飯縄神社へ2

 あっという間に山頂が見えてきた。

飯縄神社鳥居

 山頂にある飯縄(いづな)神社の鳥居。

飯縄神社御由緒

 「飯縄神社御由緒」というものがあった(クリックすると拡大)。よくわかりませんが(ダメだ)、いちおう高尾山と関係はあるみたいです。

国土地理院三角点

 国土地理院の三角点もあった。これもよく説明できないので、各自調べてください。すみません。

長津田十景

 ここからの景色は「長津田十景」に選ばれているとのこと(クリックすると拡大)。

山頂からの景色

 残念ながら富士山は見えなかったけど、とても気持ちのいい景色。来てよかった。

写真撮影中

 駅に戻ると、男の子2人が電車撮影を続けていました(降りた時からずっと!)。撮影名所なのかな。

 ホームで電車を待っていると、防災無線から黙とうの放送が流れてきました(駅は横浜市ではなく、町田市にあります)。3月11日午後2時46分。あの震災から3年、こんなひまひま日記を書きつつ生きていることに、感謝しないとならないと改めて思います。
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旧厚木街道をゆく

旧厚木街道

 そんなわけで、前回予告しました通り、旧厚木街道を歩きとおしてみたいと思います。久々にマップを作ってみました。雑な絵ですみません。

旧厚木街道入口

 駅前の交番のところで現在の厚木街道をそれ、旧厚木街道に入ります。写真がいつの時代だといった感じのセピアカラーなのは、今回カメラを忘れケータイで撮影したためです。なんでこんな色になるんだろうなあ。

たばこ屋

 正面のたばこ屋の角を右に曲がります。このたばこ屋、野菜の直売もやっています。左手のサーフボードが飾られたレストラン(小さくてよく見えませんが…)、ペット同伴OKとのことで、時折イヌ連れのグループが出入りしているのを目にします。

長崎屋搬入口

 このあたりは長崎屋の搬入口になっていて、大型トラックが出入りします。道が狭いので、慣れないドライバーは四苦八苦しているようです。

二小近辺

 前回紹介したみどり歩道区間は、ここ二俣川小学校付近でおしまい。登下校時は、子どもたちでワイワイ賑やかになります。このあたりは、マンションに囲まれてわずかながら畑も残っています。

鉄塔

 住宅が立ち並ぶ緩い坂道をのぼっていくと、高圧電線の鉄塔がそびえ立っています。このあたりのランドマーク?

中尾小学校近辺

 中尾小学校近くの横断歩道。昔はみどりのおばさんが立って誘導していましたが、今は信号に代わってしまいました。ここで左折。

とんがり保育園

 以前はこのあたりからランドマークタワー(鉄塔ではなくて本物)が眺められましたが、写真左手の保育園が新しく出来て、見えづらくなってしまいました。しかしこの保育園、とんがってますね。思わず角度を測定したくなりましたが、不審者まる出しになりそうなので、やめました。

旭区散策コース

 途中の公園に、「旭区散策コース」の案内板が立っていました。旭区役所で、いくつかの散策コースを設定しているんですね。→旭区散策ガイド

三ツ境駅付近

 そんなわけで、終点の三ツ境駅付近に到着。

旧厚木街道看板

 正直、あまり見どころの多い道ではありませんが、ちょっとした散歩にはいいかと思います。

三ツ境駅

 三ツ境駅から相鉄に乗って帰ってきました。こうして見ると、都会のおしゃれ私鉄の駅に見えないこともない(ような気がする)。

<ひまひま散歩>保土ヶ谷目指してどこへ行く

 相鉄とJR合同で「駅からハイキング」というイベントを開催するとのこと(企画運営はすべてJR側が行うようですが)。二俣川駅からこども自然公園、保土ヶ谷宿本陣跡などを経て保土ヶ谷駅へ向かうルート。今回、保土ヶ谷で用事があったため、ハイキングの予習を兼ねて(参加しないけど)このルートを歩いてみようと思い立ちました。

自然公園通り

 いつものように駅前の自然公園通りからスタート。写真の通り、今にも降りだしそうな寒々しい天気。まったくハイキング日和ではありません。

万騎が原商店街

 ご多分にもれず、シャッター街と化している万騎が原商店街。ますます心も寒々としてきます。

入口広場

 大池公園に到着。例によって原付ぶんぶん乗り回しているおばかな男子がおりました。

あひる1

 池のほとりにあひるくん。

あひる2

あひる3

 …おい、何枚撮ってんだよ(←あひるの声)。

桜山

 春まだ遠い桜山。あと3週間もすれば、桜の花とたくさんの人たちで埋まるでしょう。

分れ道道標

 西大山道と南鎌倉道の分れ道。

分れ道看板

 その分れ道を解説する看板です(クリックすると拡大します)。東へ行けば保土ヶ谷宿、南へ行けば戸塚カントリーの中を抜けて鎌倉まで通じ、西へ向かえば大山阿不利神社へと通じる、とあります。
 この看板をよく読んでおけばよかったのですが、この分れ道が今回のひまひま散歩にとっても分れ道になるのでありました。

戸塚カントリー方面へ

 駅からハイキングの正規ルートでは美立橋を経由して保土ヶ谷へ向かうようですが、ちょっと横道にそれて、戸塚カントリー方面へと向かうことにします。写真はその道路から、鶴ヶ峰方面を望んだもの。いよいよぽつぽつと雨が落ち始めました。

とりでの森

 とりでの森、子どもの頃はアスレチック風の丸太の吊り橋なんかがあった覚えがありますが、すっかり近代的な遊具に代わってしまったんですね。

りす

 道になんか黒いものが落ちてるなあ、と思ったらりすくん現る。近寄っていくたびに、ダッシュで逃げて、こっちを振り返り…を続けます。最後には、「ああ、もうしつこいなあ」とばかりに木に登ってしまいました。

都塚道標

 戸塚カントリーの脇にある「都塚」。武蔵の国と相模の国の国境で、かつては鎌倉の都が一望できたとのこと。今はゴルフ場が見えるのみです。

都塚

 近くにはお社が。困ったときの旭区ホームページ情報によると、延命地蔵尊が祭られているとのこと。また、都塚の位置は二度移転したとか、大正4年に建てられた道しるべが二俣道・武相堺道・鎌倉道の各方向を示しているとかいった情報も。大正4年の道しるべはどこにあるのか、気づきませんでした。

 しばらく歩くと、戸塚カントリーの立派な門が。守衛さんがしっかりガードしていたので、写真は自粛しました。

戸塚区

 戸塚カントリーを過ぎると、晴れて戸塚区入り。戸塚区のマーク、シンプルでいいですね。「と」って。鳥をイメージしているのかな。

 しかしこの道路、車やバイクはたびたび通るものの、人はまったく通りかかりません。雨模様の空は薄暗く、歩道は落葉と泥でぬかるみ、気持ちは沈む一方です。こんな日に駅からハイキングするもんじゃありません。

せせらぎ1

 やっと戸塚カントリーを抜け、景色が明るくなってきました。ちょっとした里山風の景色。

せせらぎ2

せせらぎ3

 小川のせせらぎ(…と言うほどきれいじゃ無かったけど)と梅の花。

せせらぎ看板

 その名も「せせらぎの小道」というんですね。

川上IC

 しばらく進むと、横浜新道の川上インターにぶつかります。さらに進むと…。

東戸塚駅

 あれ、保土ヶ谷へ行くはずだったのになんで東戸塚に出ちゃったんだろう…。

 あとあと地図を確認してみると、私は「戸塚カントリー」と「横浜カントリー」が別物であると理解しておらず、横浜カントリー横を通って今井インターへ抜けて…と考えていたところを、間違えてしまったようなのです。まともにたどり着くのが稀なこのひまひま散歩。
 まあ、今回は雨も降っていたし、今度晴れた時に改めて駅からハイキングしよう…とむりやり納得しつつ、お隣保土ヶ谷駅まで横須賀線の乗客となったのでした。

<ひまひま散歩>ニュータウンを抜けて追分市民の森まで

 相鉄の駅で配布していた『駅からさんぽ』を見て、ぶらぶらと散歩してきました。

ニュータウン

 ニュータウンの並木道。

ニュータウンの並木

 撮影時点(11月25日)では、まだ紅葉には早いようでした。今頃はきっときれいでしょう。

ポケットパーク

 金が谷の交差点脇の細い階段を上っていくと、ほんとに小さな公園がありました。

ポケットパークより

 ニュータウンを一望できます。

ランドマーク&鶴ヶ峰タワー?

 遠くランドマークタワー(右側)を望みます。左側はなんだろう。鶴ヶ峰タワー??

岩船地蔵尊

 近くにある岩船地蔵尊。

お地蔵さん

 お地蔵さんの周りは綺麗に掃除されていて、線香もあげられていました。地元の人に大事にされているのでしょう。
 西のほうからどんよりした雲が近づいてきました。先を急ぎます。

追分市民の森入口

 住宅地の中に、ぽっかりと暗い森への入口が。

追分市民の森2

 木立の中を歩くと、ほどなく視界は開けて。

追分市民の森3

 のどかな景色が広がっています。ここ「追分市民の森」は四季折々の花が楽しめるそうです。
 ついつい大池公園に目が行きがちだけど、北口住民にとってみれば距離的にはこちらもそれほど変わらない。時々訪れてみようと思う森でした。

追分市民の森4

 静かな森を、中原街道がまっすぐ突き抜けます。

 『駅からさんぽ』では、ここから矢指市民の森を抜けて三ツ境駅へと向かうのですが、私はこの日旭区役所へ行く用事があったため、上川井へ出てバスに乗ることにしました。
 途中、住宅の一角に「この先、山の水あり」みたいな看板が。こんな所に湧き水が!? 半信半疑で向かってみます。

湧き水

 確かにありました、湧き水らしきものが。個人の家の敷地のようです。飲んでいいものかどうか、恐る恐る口にします。柄杓はちょっと古そうだったので遠慮して、手にすくって飲んでみました。
 味は…ハンドクリームの味がしました(←自分の手についていただけですが)。この湧き水、噂に聞いたこともありませんが、知る人ぞ知るものなのでしょうか。

<ひまひま歴史散歩>畠山重忠ゆかりの地を巡る

 なんかネタはないかと「二俣川」で適当に検索していたら、「二俣川古戦場」のページが出てきました。深谷市教育委員会による『畠山重忠辞典』
 深谷市は畠山重忠生誕の地で、だからこのようなホームページがあるわけですが、その中でゆかりの地として掲載されている「二俣川古戦場」。写真も掲載されているのですが、一体これはどこにあるのか…?? 長年二俣川で暮らしていたのに全く分からない。これでは深谷市の皆様に申し訳が立たぬ(←そうなのか?)というわけで、旭区のホームページなどから情報を探しあさってみました。
 するとどうも、深谷市のホームページに写っている写真は、旭区役所近くにある「畠山重忠公碑」であり、かつてはこのあたりで二俣川と帷子川が合流しており、一帯を「二俣川・鶴ヶ峰古戦場」と呼ぶらしいことが判明。そんなわけで、今回は鎌倉武将畠山重忠を偲んでのひまひま散歩です。

二俣川合戦の地

 区役所向かい、厚木街道と水道道の交差点脇に、「吾妻鏡 畠山重忠公終焉の地」「鶴ヶ峰・二俣川合戦の地」と書かれた道標がありました。吾妻鏡は鎌倉時代の歴史書。二俣川が歴史ある土地であることがわかります。

重忠公碑

 これがその畠山重忠公碑(逆光ですみません)。合戦の地を見下ろすように立っています。昭和30年6月22日、畠山重忠没後750年を記し、地元・鶴ケ峰と埼玉県川本村(現・深谷市)の有志により建立されたということです。

合戦の地を望む

 かつてこの地で激しい戦いが繰り広げられたのだなあ…と、歴史に疎い管理人も、遠い昔に若干思いを馳せつつ川の流れを眺めるのでした。

さかさ矢竹

 重忠公碑の近くに植えられた、「さかさ矢竹」。重忠が矢に当たって討ち死にする前に、「我が心正しかればこの矢に枝葉を生じ繁茂せよ」と絶句して、矢を2本地面に突き刺したものが根づき、毎年2本ずつ増えて茂り続けた…というもの。昭和40年代までは区役所近くの土手に茂っていたのだが、その後消滅してしまい、没後800年に当たる平成17年に現在の地に再び植えられたそうです。

 続いて区役所の裏手のほうへ向かってみます。

首塚

首塚2

 マンションの脇にひっそりと残る「首塚」。畠山重忠の首が愛甲三郎によって斬られ、祭られた所だそうです。

首洗い井戸

 「鎧の渡し」は鎌倉街道が帷子川を渡る場所で、川幅が広く、武士が頭に鎧をのせて渡ったと伝えられているもの。重忠の首を洗い清めたといわれるのが「首洗い井戸」。今では川の流れも井戸も無いので、そうだったのかと想像するしかありません。

古戦場看板

 古戦場一帯を案内する看板です(クリックすると拡大します)。他にも、駕籠塚や六ツ塚といった史跡があるのですが、疲れたので今回はこれでおしまい(←やる気あるのか)。続きはいずれまた。

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