2011-11

<ひまひま歴史企画>重忠紀行・第3回

鶴岡八幡宮鳥居

 いざ鎌倉、ということで鎌倉にやってまいりました。

鶴岡八幡宮鳥居2

鶴岡八幡宮境内

 鶴岡八幡宮。平日なのに、鎌倉は観光客でいっぱいです。

東鳥居

 人波を外れて、こじんまりした東の鳥居へ。

東鳥居2

 鳥居を出たところに、石碑があります。

重忠邸跡

 「畠山重忠邸址」とあります(クリックすると拡大します)。ここに、鎌倉での重忠の屋敷があったんですね。

東鳥居周辺

 屋敷跡あたりは、周辺の喧騒がウソのような、静かな住宅地です。

玄翁

 小町通り近くまで戻り、かつて二俣川にあったラーメン屋「玄翁」(元「はま玄」)で昼食。がんこ親父のラーメン屋、といった風情です。この日は11月だというのに暑い!のでつけ麺を選択。二俣川時代には考えられなかったような若い女の子グループが入ってきて、あれにしようこれにしようと賑やかでした。

由比ヶ浜

 由比ヶ浜まで歩いてきました。

由比ヶ浜2

 この地では、まだ平家に従っている頃の重忠が、三浦一族と激しく戦ったとのこと。
 そして重忠が二俣川で討たれる直前、息子の重保もまた、この由比ヶ浜で北条氏に殺されています。

 そんなたくさんの血が流されたであろうことなど信じられないくらい、湘南の海辺で過ごす人々は皆、穏やかで幸せそうに見えました。

タンコロ

 近くの公園には、江ノ電の旧型車両「タンコロ」が保存されています。

タンコロ車内

 車内にも入れます。椅子は木製!

タンコロ側面

 でも…。いたずら防止でしょうがないとは思いますが、金網の向こうにいるタンコロは、どことなく悲しげに見えました。

 つい趣味の話題に走ってしまった。次回はついに、終焉の地、地元旭区です。

※ 重忠紀行のこれまでの地図はこちらです→ 重忠紀行マップ

<ひまひま歴史企画>重忠紀行・第2回

秩父鉄道

 前回の続き、今度は重忠が生まれた地へ向かいます。東上線から秩父鉄道に乗り換え、永田という駅で下車。

永田駅

 ほんとにちっちゃな駅。でも、駅員さんもいます。

重忠橋

重忠橋欄干

 しばらく歩くと、その名も「重忠橋」が。

重忠橋からの眺め

 重忠橋からの、荒川の眺め。あいにくの曇天ですが、極度の雨男としては降られないだけでも喜ばないとなりません。

畠山重忠公史跡公園

史跡公園看板

 橋を渡ってすぐのところに、「畠山重忠公史跡公園」がありました。

重忠銅像

 銅像もあります。

銅像アップ

 かっこいい! 一ノ谷の戦いの逆落としで、馬を背負って崖を下った、という伝説に基づいているそうです。
 まあ正直、そんなわけ無いだろという話なのですが、それだけ力持ちだったという言い伝えなのでしょうね。

重忠墓

重忠墓2

 小さな公園内に、重忠の墓があります。

解説スイッチ

 なんと音声案内スイッチつき。ボタンを押すと、スピーカーから解説が流れます。公園には他に誰もいませんでした。

重忠墓説明看板

 説明の看板(クリックすると拡大します)。地元の人に大事にされていることが伝わります。

貨物列車

武川駅

 帰りはちょっと歩いて、お隣の武川駅まで。こちらが正式な最寄駅になっているみたいだけど、けっこう遠い(疲れた…)。
 秩父鉄道はセメント用の石灰石輸送が盛んで、貨物列車が頻繁に行き来します。

武川駅にて

 小さな男の子も、機関車に興味津々。
 さて、埼玉を後にして、次回は鎌倉を訪れます。

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